「スピリチュアル」の二面性

いわゆる「スピリチュアル系」の発信する情報は,一つ間違うと神秘思想やオカルトとの親和性を促進し、破壊的カルトの理論武装やキャッチコピーとして利用される懸念を筆者は持っている。


加えて、誰もがお手軽にセラピーやセミナーを受けることで短期間のうちに自己超越体験を得たり、「本当の自分」を見つけることができるのだ、という幻想を抱かせることに寄与する可能性も気がかりだ。


ここで、「スピリチュアル」が内包している問題について述べておきたい。


20世紀の後半以降、これまでになかったような新しい宗教運動が登場してきた。新霊性運動(new spirituality movement)である。


新霊性運動とは類似した宗教的信念をもつ人々からなる、漠然とした集合体を意味する。宗教社会学者の島薗進によれば、新霊性運動は新宗教、オカルト大衆文化と並んで現代の宗教ブームを構成する重要な要素である。


これは,伝統的な宗教や新宗教とは異なり、特定の儀礼や修行、教義の体系にとらわれることなく、メンバー間の結合の仕方も緩やかで、リーダーシップが不明確であるため、集団としての持続性に欠ける。


島薗によれば、新霊性運動の主張には大きく5つのポイントがある。


1)意識変容を究極的なものへ至る重要な指標と見る。すなわち、いわゆる変性意識状態(ASC)を達成するための学習や瞑想など,身体を通じて心に働きかける修行が重んじられる。そのプロセスにおいて超能力や神秘的体験への感受性が強まるという期待を寄せる者も多い。


2)自然や人間を超越した神ではなく、むしろ自然や人間の中に内在する神的なものや霊的なものを尊重する。つまり宇宙全体に霊的なものが存在しており,身近な霊的存在との交流を深め,ついには一体化することが意識変容の目標であると考える。


3)現代は人類の霊的進化の転換点であると考え、個々人の霊的覚醒を重視する。つまり、人類の霊的進化とは一神教に代表される超越者依存型の宗教文明や近代科学が主導してきた合理主義的物質文明を越える新しい霊的文化への移行であると考える。


4)自律的な個人の覚醒による霊性の開発が必要であると考える。つまり、固定的な教義を権威的に押しつけ、教団組織で人を拘束する既成宗教は、人間本来の霊性を抑圧してきたと考え、自由な個人による霊性開発を追求する。


5)科学と宗教(霊性)は相対立するものではなく、むしろ合致すべきものであると考える。最新の科学が呈示する新しい宇宙観や生命観は,むしろ新しい霊性の探求と合致する見方を示していると考える。


さらに、新霊性運動において信奉されている事柄には以下のような言説が含まれている。


リストA

(1)自己変容あるいは霊性的覚醒の体験による自己実現

(2)宇宙や自然の聖性,またそれと本来的自己の一体性の認識

(3)感性・神秘性の尊重

(4)自己変容は癒しと環境の変化をもたらす

(5)死後の世界への関心

(6)旧来の宗教や近代合理主義から霊性/科学の統合へ

(7)エコロジーや女性原理の尊重


リストB

(1)超常的感覚や能力の実在

(2)思考が現実を変える

(3)現代こそ意識進化の時代

(4)意識進化は宇宙的進化過程のひとこま


リストC

(1)輪廻転生とカルマの法則

(2)地球外知的生命(ETI)との接触

(3)過去の文明の周期と埋もれた文明の実在

(4)人体におけるチャクラや霊的諸次元の存在

(5)水晶・音・香・場所などがもつ神秘力

(6)指導霊の実在

(7)体外離脱や誕生前記憶の体験による霊魂の存在の確認

(8)チャネラーやシャーマンの真正性


上記の項目を見てもわかるように、新霊性運動はオカルト,心霊現象,超能力,占い,まじないなどの流行とも並行しており,マス・メディア,消費行動,娯楽とも連動している大衆文化であるといえる。


では、新霊性運動が勃興してきた社会的な背景は何であろうか。


1つには、宗教的な信仰心の希薄化にともなって、神仏といった精神的な支柱を失いつつある現代人が、それにとって替わるものとして既成の宗教的教義の枠を超えた新霊性運動からの新奇な情報や特異な現象へ目を転じることで、自己の指針や人生の意味を求めようとしているのであろう。


つまり,新霊性運動が伝統宗教や新宗教の提供していた霊的支援力の源として取って代わったと見ることができる。


こうした運動(文化)が人気の的になる理由として、宗教性、すなわち教義や教祖-信者の組織的な締めつけが少なく、著名な学者が研究対象として取り組んでいるといった「科学のにおい」が漂っていることがあげられる。


たとえば、リラクゼーションのための音楽、食品や心身の状態を「計測」するための「波動測定器」などもその科学色を強めるための小道具として登場している。


また、新霊性運動には「娯楽」としての機能も認められるだろう。占いやおみくじなどの運勢判断を実行している人々の特徴として、それが的中すると信じている者は皆無に近く、占いの当否は別として興味本位に自己の運勢について占ってみるという娯楽性を求める心理に根ざしていることが多い。


第3に、新霊性運動の背景には、疑似カウンセリング的な意味も含まれている。たとえば、「占い」が現代社会においても一定の人気を保っているのは、これが占い師の「お告げ」が的中したり、予知的であるために信じられているのではなく、彼らが生活相談や人生相談におけるカウンセラー的な役割を果たしているがゆえに人気を呼んでいる面もある。


同様に個人営業の「霊能者」が人気を博しているのも、彼らの「特異能力」の卓越性や心霊現象に対する関心の高さからだけではなく、彼らが来談者の不安や苦悩を解消してくれるカウンセラー、セラピストとしての機能を果たしているため、と考えることができるのである。


このように,宗教的な現象は時代や文化の変遷に伴って,手を変え品を変えて続いてきたし,今後もこれを支持する大衆文化が消滅することはない,というのが筆者の結論である。


ただ,宗教が本来もっている一定の精神的努力や精神的,身体的コストのかかる精神修養的な側面は希薄化しており、宗教グッズやヒーリング・サービスの消費という形でもっとお手軽に,「楽」をして個人の幸福を追求し,できることなら霊性を高めようとする傾向に拍車がかかっている。


また,活動自体の宗教色は薄められており,科学,医学,心理学といった,従来ならおよそ宗教とは無縁だと思われてきた学問を理論武装として用いる例も目だつ。


率直に言って、このサイトにしても世間から見れば「スピリチュアル」の持つ独特のいかがわしさ、胡散臭さを感じることがあると思う。


しかし、蓮鬼は神道、密教、陰陽道など伝統霊性の世界で訓練を受けており、ベースはあくまでも日本古来の霊性に根ざした「硬派」のスタイルを重んじている。


それゆえ、蓮鬼之数珠は「数珠屋一筋」であること、「頑固一徹の数珠作り」にこだわりを持っている。古いもの、伝統に根ざした仕事の流儀に自信があるからだ。


伝統的な宗教文化を継承する蓮鬼と、それを客体視しながら現実社会との接点を構築している筆者の立場は微妙に異なる部分もある。


とは言うものの、信念や信仰という点では互いの価値観を共有し、同じ目標に向かって「道」を究めようと志してきたから、今があると思う。


時代の流れを読むことも必要だと筆者は考えているが、一方で「スピリチュアル」とは一線を画して独自の道を歩んでいくプランも進行中である。他とはひと味違うところをどう打ち出していくのか、今後の活動に注目していただければと。。。


サイト管理人 龍翠

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